第11章 大人たちの大きな計画 地球の人類が生活でき、比較的、汚染されていない大陸、──エリジオンでは、それぞれの民族に代表された大人たちが、この星にたったひとつの調和された共同社会、共生社会≠完成させようと努めていました。けれども、その一方で、さまざまな人種の大人たちの争いごとや事件が、どのエリアでも日に日に増え、エスカレートしてゆきました。 そして、その光景を見ていたかのように、地球の表情、──地球の環境も、さらに悪くなってゆきました。この二十一世紀よりもずっとずっと以前から、人類がくり返してきた自然破壊と、あの数年まえの天変地異によって、さまざまな生態系も大きく崩れ、エボラ出血熱のエボラウィルスのように、熱帯雨林などで生息していた未知の殺人ウィルスが、エリジオンの各地に広まり、人びとのいのちを脅かしてゆきました。 また、その熱帯雨林の破壊や浸食などにより、大気中の炭酸ガスの量が、ここ数年、異常な速さで増加し、それによって引き起こされる酸性雨や大気汚染や地球の温暖化現象は、もはや緊急の対策が必要な状況でした。 地球会議では、この危機的な地球環境を早急に改善していくための大きなプロジェクトをはじめようとしていました。その計画の中心は、エリジオンUの砂漠地帯をどのように緑化していくかが問題となっていました。エリジオンUは、その大陸のおよそ九○パーセントが砂漠の大地でした。四つのエリジオン以外の大陸はすべて、高レベルな放射能で汚染されていたため、エリジオンUの広大な砂漠を、いかに早く、たくさんの森林におおわれた緑に変えていくかが議論され続けていました──。 砂漠の緑化には、『高吸水性樹脂』という白いパウダーが使われることになりました。二十世紀の後半に開発され、すでにいろいろな分野で使用されていましたが、それよりもさらに吸水力をアップさせたものでした。なんと自分の重さの一八○○倍もの水を吸い込み、ゼリー状に膨れあがります。砂漠の砂にその樹脂を混ぜ、上から水をかけると、その砂よりも下の地中にはしみ込まず、蒸発もしないという、まさに魔法のパウダー≠ナした。 この白いパウダーを活用して、エリジオンUの砂漠を中心に、乾燥した熱帯の大地に大きな森林となる樹木の種や苗を植えていくことになりました。 また、森林予定地以外の大陸のさまざまな土地に、ケナフ≠ニいう植物をたくさん植えていく計画も進められました。ケナフは、植物がもつ生まれながらの能力、光合成──つまり、地球の温暖化の主な原因となる炭酸ガスを吸収して成長する能力が、森林の三倍から五倍もありました。ケナフの茎からつくられる製品は、木製品か合成繊維の代用品にすべてなり得ました。しかも、土へ自然なかたちで分解が可能なため、環境にもやさしい製品がつくれます。地球会議では、木を切らずに木製品などの代用ができ、炭酸ガスの吸収も大きく、成長も早い、このケナフを三つのエリジオンの各地に大量に植えていくことを決めました。それと同時に、この地球環境を改善していくための研究・開発施設も、新たにつくることになりました。 おなじ頃、地球全体の平和を保つためにつくられた組織、『大陸平和維持機構』でも大きな計画を考えていました。エリジオンの各地で暴動が増え、このままでは民族どうしの紛争や戦争になりかねない状況なので、大陸平和維持機構はそれらを防ぎ、平和的に解決するための緊急の対策を進めました。 そして、このように自然環境と社会環境の危機的状況が、ふたたび訪れてしまったいま、これらの計画を統合して、地球を根本的によくし、ほんとうに住みよい調和された社会にしていくための巨大プロジェクトが動き出しました。 じつは、このプロジェクトは二十一世紀のはじめ、いろいろな分野から少しずつ進められてゆきました。しかし、この計画を実現させることは、それまでの社会システムを崩壊させることにもつながっていたので、個人のことばとしては賛同してくれても、さまざまな国ぐに、さまざまな人びとの欲得によって、なかなか世界中の人びとには受け入れてもらえませんでした。そして、プロジェクトが進まず、依然として自然破壊と社会環境の悪化が進んでいたある日、・・・そう、あの地球の天変地異が起こったのです──。 その地獄のような巨大な天災から、地球を再建し、それでもまた、おなじ過ちを犯しつつある人類は、この地球規模のプロジェクトを進めていく決心をしました。プロジェクトの名前は、通称、『ニュー・エヴァ計画』と呼ばれました。この地球という星に、今度こそ、今世紀こそ、いま≠アそ、自然の恵みと愛と調和にあふれた社会≠!・・・という人びとの切なる思いがこめられていました。 ニユー・エヴァ計画に直接かかわっている人びとは、地球の環境と社会の改善のために、希望を胸に抱きながら、いっしょうけんめい働いていました。また、計画に直接かかわらない人びとも、自分の仕事や日々の生活から、意識と意思を新たにしている人びともたくさんいました。 けれども、ニュー・エヴァ計画をかんがえていく人たちと、実際にその計画のためにからだを動かして働く人たちと、直接、計画にかかわらない市民たちと、──それぞれの間に、意識のズレみたいなものが、時間の経過とともに大きくなってゆきました。 多くの人びとの意識のズレは、多くの人びとの不満や不安を生みだしてしまいます。そこで地球会議では、ニュー・エヴァ計画の全体を把握し、統合していくリーダーを決めることにしました。 初めにプロジェクトにかかわるさまざまな分野の中から、八人が選ばれ、最終的に、地球会議の代表議員と大陸平和維持機構の代表スタッフから選ばれた二人が残りました。そして、その二人のうち、どちらをリーダーにするかは、このプロジェクトに直接かかわらない各エリジオンの一般市民の選挙によって決めることになりました。 ニュー・エヴァ計画は、毎日、いろいろな面から進められてゆきましたが、同時に、その計画のリーダーを決めるための選挙運動もはじまりました。二人の演説は、あらゆるかたちで人びとに伝えられてゆきました。テレビやラジオやインターネットはもちろんのこと、スクリーンもなく、まるでその場で演説しているかのように見える、等身大で人物が立体に映るバーチャル・リアリティー(VR)装置で、イベントホールやセンターだけでなく、駅や空港や施設や人の集まる街頭でも見たり、聞いたりすることができました。 「わたしは地球会議の議員で、ライズといいます。みなさんも、ご存じの通り、いま現在ニュー・エヴァ計画が進んでおります──。しかしこの大陸、エリジオンで、地に足をつけて生活をしている市民のみなさんと、計画にかかわるわたしたちとの間に、見えない壁ができてしまっているように感じます。わたしは、この計画のリーダーとなって、みなさんとの間にあるこころの壁をとり除き、市民のみなさんといっしょに、こころをひとつにして、この病んだ地球を緑あふれる世界によみがえらせたいと思っています。・・・・」 と感情のこもったライズ氏の演説が続きました。等身大の立体映像のVR装置に映し出されたライズ氏のすがたは小柄で、鼻の下には立派なヒゲが生えていました。そのライズ氏の外見≠市民の人びとは、第二次世界大戦を引き起こした独裁者、ヒトラーに似ていて、怖そう──と思う人が多くいました。確かに顔の雰囲気はそっくりで、瞳なんかは、そのヒトラーよりも細くて鋭そうな感じでした。けれども演説は、ヒトラーのような攻撃的な話し方ではなく、おだやかに感情こめて自分の思いを語りかけるように、人びとに伝えていました。その演説内容も、批判する人は少なく、共感できるものでした。でも、見た目≠ェ怖そう──という印象だけで、演説も聞かずに嫌う人びともいました。 「大陸平和維持機構のスタッフのエゴンです。わたしは、このニュー・エヴァ計画で砂漠の緑化を進めながら、同時に、この地球に存在するあらゆる兵器を消滅させてゆきます。人に脅威を与え、いのちも奪う核やミサイルや地雷、それに銃などは、われわれ人類にはまったく必要のないものです──。みなさん!自然にかこまれ、争いごとのない平和な社会を、わたしたちと共につくりあげてゆこうではありませんか。・・・・・・・・」 とエゴン氏は、希望に満ちたさわやかな表情で演説をしました。等身大の立体映像のVR装置に映し出されたエゴン氏のすがたは、一九○センチぐらいの長身で、フワッとしたブロンドの髪に、明るいブルーの瞳をしていました。年は、ライズ氏とおなじ四十二歳でしたが、その容姿≠ヘとても若く見え、まるで映画俳優かモデルのようでした。そのエゴン氏を見た女性も男性も、彼が演説をするまえから、好感をもつ人びとがたくさんいました。また、演説内容も批判する人は少なく、好評でした──。 ライズ氏はニュー・エヴァ計画の重要性と、自分がリーダーにふさわしい人物だと一般市民にアピールする選挙活動の一環として、各エリジオンでさまざまなイベントを企画していきました。 「おう、ワンダー。わたしだ、ライズだ。久しぶりだな、元気かい?」 「あっ、ライズさんですか?お久しぶりです。ご活躍は、いつも見ています。」 ライズ氏は自分の左手首にしている小型テレビ電話で、世界的人気歌手のワンダー氏に直接、コンタクトをとりました。ふだんのライズ氏は演説のときの話し方とちがって、少しつよい口調でイントネーションがなまっていました。まるで、ちょっと怖面の、どこか田舎のおじさんのような雰囲気でした。 「じつは、ワンダーに頼みがあるんだ──。いま、イベントを企画しているんだけど、ぜひ、ワンダーに参加してもらいたいんだよ。」 「コンサートかなにかですか?」 「うん、まあそんなところだな。ニュー・エヴァ計画のわたしの政策をアピールしてくれとはいわない。ワンダーは、いつものように歌ってくれればいいんだ・・・。」 「ライズさんに頼まれたら、断われないでしょう!?」 「いや、気もちがのらないならいいんだ。これは仕事というわけでもないし・・・。」 「冗談ですよ!ライズさん。ぜひ、やらせて下さい。参加させて下さい!」 このような感じで、ライズ氏はイベントに協力してくれる有名ミュージシャンや一流スポーツ選手などを自分で呼びかけました。ライズ氏は見た目≠ェとても怖そうで、話し方も決してやわらかくはありませんが、さまざまな分野の人たちと交流があり、たくさんのともだちがいました。そして、そのたくさんのともだちは、ライズ氏の気もちに応えて、こころよく協力してゆきました。 一方、エゴン氏もニュー・エヴァ計画を進める上で、一般市民との直接の接点と親交をもつために、このようなイベントをかんがえていました。 「ライズ氏の企画したイベントは、どれも盛況なようですね?」 「はい。彼は人脈がひろいので、著名な人物を多く使っています。」 エゴン氏は、自分の活動をサポートしてくれている特別顧問のバド氏に聞きました。ふだんのエゴン氏は、見た目£ハり、クールで紳士的でした。 「おなじようなイベントをあとからやってもインパクトがありませんね──。むかしからの有名人ではなくて、いま世間で話題になっていて、このイベントを盛り上げるのにふさわしい人物をあげるとしたら、バドさんは誰を思い浮かべますか?」 「そうですね──。CSコンクールで優勝したマホムというチェロの天才少年のともだちに、ピアというふしぎな音楽を奏でる女の子がいますが・・・。」 「ああ、聞いたことありますね──。確か、変わったピアノを弾くんですよね?」 「ええ──。音楽は、バンドのライブのような盛り上がり方はしないので、イベントには適してないかもしれませんが、演奏を聴いた人たちがやすらぎ癒やされて、中には、からだの痛みや病気も治った人たちもいるそうで・・・。」 「う〜ん、子どもかあ・・・。音楽で人を癒すかあ・・・。うん!いいかも知れないですね。よし、それで行きましょう!そのピアという子に決めましょう──。さっそくコンタクトをとって、明日にでも、ここに連れてきて下さい。」 「わかりました。では、さっそく──。」 バド氏は、イベントでの演奏を依頼するピアへの連絡や、その手配にとりかかろうと部屋を出ようとドアに向かったとき、 「あ〜っ、バドさん!やっぱり、ここに連れてくるのではなく、わたしが直接、彼女の家に頼みに行きましょう──。」 とエゴン氏は、座っていた椅子から身を乗りだしていいました。 「でも、彼女は施設、・・・エンジェル・ホームに住んでいますが・・・。」 とバド氏は、エゴン氏のほうを振りかえりながら、いいました。 「なおさら、いいじゃないですかあ!ホームのたくさんの子どもたちに、なにかプレゼントを持っていきましょう。明日のわたしのスケジュールを見て、時間が決まりしだい、早めに、このことをマスコミ各社に知らせて下さい──。」 「なるほど、そういうことですか。ちょっとした好感度アップにつながりますね。」 二人は少し離れた位置から、こう話すと、一瞬、ほんの、ほんの少しだけ目で微笑み合いました──。 ニュー・エヴァ計画という大人たちの大きな計画は、地球環境と人間社会の両面から着々と進められてゆきました。計画のさまざまな情報を聞いて、一般の人びともケナフなどの植物を植えいく個人やグループの人たちが、どんどんと増えてゆきました。 ひとつの心の瞳≠ノは、その人びとの意識が高まってゆくのが見えていました。 ひとつの心の声≠ヘ、その人びとの意識が高まってゆくのを感じていました。 |
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