第2章 三人のあるひと≠フお話 一日のはじまり。まだ陽が昇るか昇らないうちから、花におおわれた小高い丘には、人びとが訪れていました。いろいろな鳥たちの合唱が、丘全体に響きわたる中、ジョギングをして汗を流している人たちや、体操をしてからだをほぐしている年配の人たち、花を見ながら散歩している人たち・・・。 太陽が、ちょうど花のじゅうたんを敷きつめた小高い丘の上にあらわれる頃になると、毎日のように、たくさんの子どもたちが訪れていました。土曜日や日曜日や休日の日は、おとうさんやおかあさん、家族といっしょに遊びにくる子どもたちが多いですが、平日は、子どもたちが団体で訪れることが多くありました。 たくさんの子どもたちがまとまって来る中には、幼稚園の先生に連れてきてもらった子どもたちや、学校の授業の中の一つとしてきた子たちや、また神父さんやお坊さんなど、いろいろな信仰をもった人たちのグループとして訪れる子どもたちもいました。 三歳ぐらいの小さな子どももいれば、大人のようにしっかりとした意志をもった子どもも、みんないっしょに光るピラミッドの丘に集まります。 そこには、いろいろな人種の子どもたちが来ていました。 インドや日本やベトナム、モンゴル、中国やカンボジア・・・などアジアの子どもたちや、エジプトやギニアやアルジェリアやソマリア・・・などアフリカの子どもたち、イギリスやフランスやスペインやポルトガル・・・などヨーロッパの子どもたちや、イスラエルやイランやサウジアラビア・・・など中東の子どもたち、アメリカやメキシコやペルーやブラジル・・・などなど、地球のいたるところの子どもたちが、毎日、おおぜい訪れていました。 また、キリスト教や仏教やイスラム教などを生活のもととしている子どもたちや、十九世紀、二十世紀からの信仰や、新しい宗教を学びはじめている子どもたちもたくさん来ていました。 そういう信仰とか宗教を知らない子どもたちも、たくさんたくさん来ていました。 「やあ!ぼくはエンデっていうんだ、きみのなまえは?」 少し茶色の髪をした男の子がいいました。 「わたしのなまえは、ち・ひ・ろ──。ここすごいね!こんなにいっぱいの花、とってもきれいだね!」 肩よりも少し長いまっ黒な髪をした女の子は、少し興奮ぎみに笑顔でこたえました。 エンデという男の子も、うん、そうだね(きれいだね!)──といいたそうな笑みを浮かべながら、花のじゅうたんの丘を眺めました。 また他の花だんのところでは、ブルーの瞳をした男の子が、こう話しかけていました。 「ねェねェ、あとでいっしょに遊ばない?キャッチボールでもしようよ!」 声をかけられた、すき通った緑色の瞳をした男の子は、んっ(なに?)──といった表情をしながら、少し首をかたむけました。 どうやら英語で話しかけたブルーの瞳の子のことばが、わからなかったようでした。 話しかけた男の子もすぐにそのことを感じとり、手にもっていたボールを見せ、ポン、ポンッ──と少し上に投げ、そのあとすぐに緑色の瞳をした子に向かって、ゆっくりと投げるマネをして見せました。そして彼の手にボールをわたしました。 メロンソーダのような瞳をした男の子も、やっと何といっているのかがわかったようで、目を見開き、口も大きくあけ、何度も首をたてに振りながら、 「お〜、おー、うん。いいよ!いいよ!」 とポルトガル語でいいました。 こんどはブルーの瞳の男の子のほうが、彼が何といっているのかわかりませんでした。 でもメロン色の瞳の子が、キャッチボールをよろこんでオーケー≠オてくれていることはすぐにわかりました。 緑色の瞳の男の子は続けて、投げるポーズやバットでボールを打つようなジェスチャーをしながら── 「ぼくは、野球をやっているんだァ!サードで三番なんだぜ!!」 と、またポルトガル語で、うれしそうにいいました。 二人は、まるで同じ学校のともだちかのように、ニコニコと笑いながら、いっしょに光るピラミッドの丘をのぼって行きました。 二人は、おたがいのことばは、よくわかりませんでしたが、こころはあったかくなごんでいました。そして、二人の気もちが通じあうのにそれほど時間はかかりませんでした。 ここの光る小高い丘に訪れる子どもたちのほとんどが、大きく分けて四つのことを楽しみに来ています──。一つは、目の前で光るピラミッド≠フ輝きを見て、そして中に入ることでした。二つめは、丘一面に咲いているいろいろな花を見ること。三つめは、ここで出逢ったたくさんの子たちと話しをしたり、遊んだりして、ともだちになること。そして、最後の四つめは、あるひと≠スちに会って、お話を聞くことでした。 この四つめのあるひと≠ニは、いつも光るピラミッド≠ゥ、丘の花だんで花の手入れをしている二人のおじいさんと、一人のおばあさんのことでした。 子どもたちは、このおじいさんとおばあさんの名前は知りませんでしたが、みんなは、ピラミッドのおじいさん≠ニか、お花のおばあさん≠ネどと呼んでいました。 幼稚園や学校や施設の先生たちや、いろいろな宗教で教えを説いている人たちも、また家族で来た子のおとうさん、おかあさんもみんな、初めて光る丘≠ノ来る子どもたちには、ここのおじいさんとおばあさんのお話を聞いてもらうようにしていました。 丘の下の広場で、たくさんの子どもたちを連れてきた学校の先生がいいました。 「みなさん着きましたね!ここが光るピラミッドの丘、花のじゅうたんの丘です──。これからしばらく自由時間にします。上に見える花を見にいってもいいですし、すぐに光るピラミッドに入ってもいいです。お弁当はともだちどうし、好きなところで食べてください。ただし、ゴミは散らかさないように一人ひとりが気をつけてください──。あと、まわりに他の学校やグループの人たちもたくさん来ていますが、なるべく自分から声をかけて、おともだちもたくさんつくってください──。みなさん、わかりましたか?・・・」 「は──い!!」(「わかりました〜!!」という子も数人・・・) と子どもたちは、いますぐ遊びに行きたいという気もちを抑えながらも、元気いっぱいにこたえました。 子どもたちの返事に続けて、先生はいいました。 「そして、──え〜、学校で、先生たちがみんなに少し話していた、この丘のおじいさんとおばあさんのお話を一時から聞かせてもらいますので、一時少し前には、光るピラミッド≠フ南側、花だんの一番上のところに集合してください。」 と先生は、子どもたちを見わたすようにいいました。 そして、先生は一度下を向いて、すぐにまた生徒の一人ひとりの顔を見るように、 「おじいさんとおばあさんに、どんなお話をしてもらうかおぼえていますか?」 といいました。 子どもたちは少し上のほうを見ながら、 「ほんとうにたいせつなもの〜〜!!!」 と今日、一番の大きな声で、いっせいにこたえました。 すると先生たちみんなの顔が、さっきよりもやわらぎ、少し微笑みました。 子どもたちに話をしていた先生も微笑みながら 「そうですね──。『ほんとうに大切なもの』です。おじいさんとおばあさんに、ほんとうに大切なものは何なのか、よーく聞いてきてくださいね── 。」 といいました。 それを聞いた子どもたちは、さらに 「は──い!!!」 と元気よくこたえました。 光る丘では、毎日いたるところで、このような会話をしている学校やグループがたくさん来ていました。 もうすでに親も含めて、子どもにかかわる大人≠ニ呼ばれる人たちはみんな、おじいさんとおばあさんが語る『ほんとうに大切なもの』のお話を聞いていました。 おとうさんやおかあさんや先生たち大人≠ェ、まだ子どもだった頃、このお話を聞いた人たちもいました。 そして、大人≠ニ呼ばれる多くの人たちが、おじいさんとおばあさんのお話に、こころを打たれていました。 だからこそ、これからいろいろなことを経験し、吸収して、大人≠ノなっていく子どもたちに、『ほんとうに大切なもの』のお話をすすめていました。 ひとつの心の声≠ヘ思いました。 『ほんとうに大切なもの』ってなんだろう──? ほんとうにたいせつなものって・・・・ 一時が近づいてくると、丘の頂にある光るピラミッド≠フ南側の花だんに、ぞろぞろとたくさんの子どもたちが集まってきました。 自由時間に遊びすぎて、泥だらけになってくる子どもたちもいました。 他の学校の子たちと知りあって、いっしょに話しながらくる子どもたちもいました。 中には、丘の下のほうで遊んでいたのでしょうか?ハア、ハアーと息をきらしながら、時間ぎりぎりになってのぼってくる子どももいました。 でも多くの子どもたちは、早い時間からここで、今かいまかと待っていました。 「ピラミッドのおじいさんって、どんな人なんだろうね?」 「わたしは、おばあさんにお花のことをいろいろ聞きたいわ!」 「でもさ〜、ほんとうにたいせつなものって、なんだと思う?」 「う〜ん、そうだなあ──?」 「なんだろう・・・??」 「きみは、わかる!?」 「う──ん???」 十一段目の花だんのいたるところで、子どもたちのこんな会話が聞こえていました。 子どもたちはみんな、おじいさんとおばあさんが来るのを、ワクワクしながら待っていました。 光るピラミッド≠ヘ、うすいピンク色に輝いていました。 子どもたちを、あたたかく見守るように輝いていました。 ひろい花だんの一面に咲くなのはなの上を、白とオレンジ色の二匹の小さめの蝶が、たわむれるように飛んでいました。 ちょうど、一時のはりを指す頃、光るピラミッド≠ゥら、おじいさんとおばあさんの三人が、ゆっくりとあらわれました。 子どもたちが、会うまえから呼んでいたピラミッドのおじいさん≠ニお花のおばあさん≠ナす。 一人のおじいさんは、とてもからだが大きく、体格もがっちりしていて、腕などは子どもたちの足のふとももの倍ぐらいありました。鼻の下やアゴ全体にはヒゲがはえていて、頭の毛やヒゲはうす茶色で、白髪がたくさん混じっていました。顔は彫りがふかく、大きな高い鼻が印象的でした。 逆に、もう一人のおじいさんは、小柄というほど小さくはありませんが、やせていて、まるでお坊さんのように、髪の毛はありませんでした。東洋の人のような顔だちで、キリッとした目で黒い瞳をしていました。 お花のおばあさん≠ヘ、真っ白な髪で、ぽっちゃりとした顔をしていました。そして、あとで子どもたちみんなに聞くと、おばあさんの大きくて、いつもニコニコと笑っているようなやさしい目が、とっても好きだといっていました。 今さっきまでは先生たちに、静かにしなさい!と何度いわれても、子どもたちは、ふざけたり、となりの人とおしゃべりをしたりして、どうにも落ち着きがありませんでした。 けれども、待っていたたくさんの子どもたちの、ちょうど真ん中にピラミッドのおじいさん≠ニお花のおばあさん≠ェ近づいてくると、ザワザワーッとしたかと思うと急に、シーンとしてしまいました。 ゆっくりと自分たちのほうへやってくるおじいさんとおばあさんを、子どもたちは口をポカ〜ン──と開けたり、目をまるくしながら見つめていました。 子どもたちは、興味しんしんといった気もちと同時に少し緊張もしているようでした。 おじいさんとおばあさんの三人は、子どもたちにかこまれ、みんなが見えるような位置に立つと、おたがいの顔を見合わせました。ほんの少し、微笑んだ気がしました。 そして、子どもたち全員の顔を見るように、ゆっくりと笑顔で見わたしました。 すると、なぜか子どもたちの緊張が、からだからスーッととれてきました。 子どもたちはみんな黙って、おじいさんとおばあさんを見つめていました。 三人は、子どもたちにかるく頭を下げると、その中の一人の山男のような大柄のおじいさんが、子どもたちに話しはじめました。 「こんにちは!今日はみんな、わざわざ、この丘に来てくれてどうもありがとう──。おじいさんもおばあさんも、みんなと出逢えて、ほんとうにうれしく思っています。みんなと出逢えたことに、とても感謝しています──。遠くから飛行機で来てくれた子もいるかと思います。いろいろな学校、いろいろな人種の子たちが、来てくれていると思います。みんなが話すことばや、覚えていることばは、それぞれ違うので、今しゃべっているわたしのことばも、わからない子もいるかと思います・・・。」 と話すと、おじいさんとおばあさんのアシスタントのような、若い男の人と女の人たちに、目で何かの指示をしました。 おじいさんの声は口元だけでなく、たくさんの子どもたちが聞いている十一段目の花だんのスピーカーからも聞こえてきました。 そして、続けて大柄のおじいさんは、話しはじめました。 「これから、みんなに、最新の直訳波動イヤホーン≠ニいうものをお貸しします──。これは、ソウルイヤホーン≠ニも呼ばれています。いま、わたしが付けているのが、そうなんですが・・・。」 とイヤホーンの名前のところをゆっくりといいながら、自分の左耳と、のどの辺りを指さし、子どもたちに見せるようにしました。 「これを付けると、たとえば英語しかわからない子でも、中国語で話す子のことばが、すぐにわかったりします。日本語でもフランス語でもアラビア語でもスワヒリ語でも、地球上のどんなことばでも、わかり合える小さな機械です──。だから、ここでみんなが、ともだちをつくりたいと思ったときなんかに、とっても便利かもしれませんね──。」 と大柄のおじいさんは、さらにゆっくりと、ていねいに話しながら、耳からイヤホーンを取りだしました。 「エ──ッ!!」 「オ──ッ!!」 思わず、たくさんの子どもたちが、声をあげました。 おじいさんが手にとったイヤホーンを、よく見ようと身をのりだしたり、立ち上がる子どもたちもいました。 「見せて、見せて──!」 「ぼくにも見せて──!」 「おじいさ〜ん!わたしにも見せて!」 「ほんと──!」 「すご〜い・・・!」 こんなようなことを、子どもたちはそれぞれの母語≠ナ声をはりあげ、目をまるくして驚きました。 おじいさんが話している間、アシスタントの若い人たちは、子どもたちにイヤホーンをくばりはじめていました。 子どもたちは、まるでサンタクロースからプレゼントをもらうときのように瞳を輝かせながら、ドキドキ、ワクワクしていました。 おじいさんは、イヤホーンがたくさんの子どもたちに渡るのを見て、ふたたび話しはじめました。 「それから今日、来てくれたみんなの中には耳があまりよく聞こえない子や、ぜんぜん聞こえない子もいるかと思います。その子たちは、こっちのイヤホーンを付けてください。きっとわたしや、もう一人のおじいさんやおばさんの話がわかると思いますよ──!」 おじいさんは、少し声を大きくして微笑みながら、そして両手で手話をしながらいいました。 この直訳波動イヤホーン=Aソウルイヤホーン≠焉A花だんに取りつけてあるバイオセンサーのしくみと少し似ているところがありました。 ソウルイヤホーンは、ことばを話したときの声の音波≠キャッチするというものではなくて、ことばにこめた気もち≠フ波動をこまかくキャッチして伝えるというものでした。 だから、口元に声をひろうマイクのようなものは必要ありませんでした。 左の耳にイヤホーンを入れ、ばんそうこうのようなシール状の小さなセンサーを、首のちょうどのどぼとけの辺りにはります。からだに付けるものは、それだけでした。 かるくて小さな機械ながらも、とても性能がよく、とくに数字に関することばは、完璧でした。たとえば、まったく知らないことばで、6≠ニいわれても、120≠ニいわれても、31072896≠ニ大きな数をいわれても、数字は正確に相手に伝わりました。 専門的なことばや、むずかしいことばのニュアンスも、のどに付けたセンサーはキャッチすることができました。 けれども、この機械は完璧ではありませんでした。 というよりも、機械をつかう人たちに問題があったようです。 ソウルイヤホーンが、初めて世にでたとき、人びとはよろこびました。とくに、大人≠ニ呼ばれる人たちに・・・。 いろいろな民族のリーダーたち、政治にかかわる人たち、さまざまな会社ではたらく人たち、お店ではたらく人たち・・・などなど。 「これで、ことばの壁がなくなる──!」 「これで他の人種の人とも、仕事がしやすくなる──!」 「人種問題をなくすために──!」 たくさんの大人≠ニ呼ばれる人たちは、こういっていました。 二十世紀の終わりに普及した音楽のCDや、パーソナル・コンピューターや携帯電話のように、ソウルイヤホーンはすごい勢いで広まってゆきました。 けれども、会話などコミュニケーションにとても便利なこのソウルイヤホーンが、地球上に普及すればするほど、なぜか、けんかやトラブルが多くなってゆきました。 そして、大人≠ニ呼ばれる人の多くが、ソウルイヤホーンを使わなくなってしまいました。使わなくなったイヤホーンを引き取るリサイクルショップのほうが、増えてゆきました。 逆に、光るピラミッド≠フおじいさんやおばあさんを通して、ソウルイヤホーンは、子どもたちによろこんで使われるようになってきました。 ひとつの心の声≠ヘ、疑問に思いました。 とっても性能がいいのに 地球上のどんなことばでも通じあえる機械なのに どうして、大人≠ヘ使わなくなったんだろう? どうして、子どもには、よろこばれているのだろう? 大人も子どもも同じことば≠話すのに 大人も子どもも同じひと≠ネのに 大人≠ニ子ども>氛 どこが、ちがうんだろう・・・? 大柄のおじいさんのななめうしろに立っていた頭がツルツルでやせ形のおじいさんが、こんどは子どもたちの近くに寄って、話しはじめました。ヒゲだらけのおじいさんは、そのお話を、手話で語りはじめました。 「みんな──!ソウルイヤホーンをはやく使ってみたいですか──!?」 もの静かそうなやせ形のおじいさんが、とつぜん大きな声で元気よくいいました。 「は──い!!」 「つかってみた〜い!!」 子どもたちは、負けないくらいの元気な声でこたえました。 おじいさんはニッコリと笑って、ふたたび話しはじめました。 「これから、使い方を説明します──。はじめにイヤホーンをふくろから出して、左の耳に入れてください。ひだりの耳、わかるね?ひだり、こっちだよ・・・。」 といいながら、おじいさんは自分の左の耳たぶを、かるく触りました。 子どもたちは、少し真剣な表情で、イヤホーンを付けていました。 「みんな、付けられましたか〜!?じゃあ、つぎはみんなの話すことば、──気もちを受けとるセンサーを、のどのここ、真ん中に付けます──。ばんそうこうのようにシールになっていて簡単に付けられると思いますが、まるいシールの真ん中には、うすい小さな機械が入っていますから、壊さないようにていねいに付けてくださいね──。」 おじいさんは、自分ののどぼとけに、もう先に付けてあるセンサーを指さしながら、ゆっくりと説明しました。 子どもたちは、まるで学校の工作や図工の授業のときのような表情をしていました。 大柄のおじいさんや、おばあさんは、耳や目などからだにハンデがある子のところに行って教えてあげていました。 おじいさんは子どもたちみんなが、イヤホーンとセンサーを取り付けられるのを待ってから、また話しだしました。 「みんな、付けられたようですね──。耳にイヤホーンを入れれば、自動的にスイッチが入るので、もう、あとはお話するだけです──!でも一つだけ、みんなに注意してもらいたいことがあります──。」 といって、みんなをゆっくりと見わたしました。 それから続けて── 「このソウルイヤホーンで地球上のどんなことばの人とも通じあえると、初めにいわれましたね──。たしかにそうです。スペイン語でも韓国語でもクメール語でも、サモア語でもチャモロ語でも・・・。それから、──クレオール語でもアルメニア語でもリトアニア語でも、カタルーニャ語でもパシュトゥー語でも、パリパ語でもベルベル語でも・・・。みんな、それぞれ、──聞いたことがぜんぜんないことばを話す人たちとでも、たのしくお話ができます。おたがいをよく知って、ともだちになることもできます──。」 と話したあと、おじいさんは少し上を向き、スーッとゆっくり大きく息を吸ってから、ふたたび子どもたちに語りかけました。 「ことばを話すときは、そのことばの気もちをこめて話さないと、相手に伝わりません。こころの中で別なことを考えて、口先だけで何かことばを話そうとすると、そのこころの中で考えていることばのほうが、相手に伝わってしまう≠アとがあります。ちょっと、みんなにはむずかしいかもしれないけど、ソウルイヤホーンは基本的に、口で話すことばの音≠伝えるのではなくて、──そのときに、つよくこころに思ったこころのことば≠ェ、相手の人に伝わるんです──。う〜ん、みんな!わかってくれたかな!?」 たくさんの子どもたちは、ふしぎそうな顔をしていました。 小さな小さな子どもたちは、おじいさんやおばあさんに会いにきた──といった感じで、お話はわからなかったかもしれません。 けれども、子どもたちの多くが、おじいさんの話した内容がわかった上で、ふしぎそうな表情を浮かべているようでした。 ひとりの女の子が立ち上がって、やせ形のおじいさんに聞きました。 「おじいさ〜ん!話す≠チていうのは、自分の気もちを伝えるんだから、気もちをこめて話す≠ネんていうのは当り前のことじゃないの──?」 女の子につられて、男の子も立ち上がりいいました。 「そうだよ、おじいさん──。こころの中で考えていることを、ことばにして話すんだから・・・。こころの中で別なことを考えて──≠ネんて、──何で、そんなことをしようとするの・・・?」 おじいさんは、女の子と男の子の目を順番に見つめて、ニッコリと笑いました。 そのすぐあとに、少しはなれたところにいる大柄のおじいさんと、おばあさんとも目を合わせ、三人は微笑みました。 ちょうど、立ち上がった男の子の近くにいたおばあさんが、静かにいいました。 「そんなふうに思っているなら、だいじょうぶ──。いま、ソウルイヤホーンを使っているけど、なにも心配することはないわよ。みんなもおなじよ──。でもね、だんだん大人になってくると変わってしまう人も多いから、おじいさんはお話してくれたのよ。」 男の子は黙ったまま、何ともいえない表情をしました。 女の子も、何ともいえない顔をしていました。 そのまわりで座っているたくさんの子どもたちは、さっきとは少しちがう、ふしぎそうな表情をしていました──。 ひとつの心の声≠ヘ、感じました。 胸の奥ふかくを打たれたようです。 ひとつの心の声≠ヘ、こんな思いがでてきました・・・ 子どもたちのことばは ほんとう≠熈うそ≠烽ネい ほんとう≠熈うそ≠烽ネいから 時には相手を傷つけてしまうこともある でも、 それもその時の、その子の気もち それもその時の、その子のことば けれど傷つけてしまった子どもは 傷つけてしまったこころをもち 傷つけてしまった気もちをあらわす 「ごめんなさい・・・」 あやまる子も、あやまられる子も 自分の気もち 自分のことば 「・・・・・・・・。」 あやまられた子に 聞こえることばは、なかったけれど それもその時の、その子の気もち それもその時の、その子のことば でも、 こころのことば≠ヘ動いている・・・ 動いている気もちを 今、ことばであらわす 「・・・なかなおりしよう・・・。」 子どもたちのことばは 自分の気もちをあらわすもの 自分の気もちは自分のこころ ほんとう≠熈うそ≠烽ネい ほんとう≠熈うそ≠烽ネいから もう、傷つける気もち、もたないようにしよう これから、許せる気もち、大事にしよう また一人、ともだちができた また一人、ともだちがふえた 大人≠ニ呼ばれる 昔、子どもだった人たちも 思い出してくれれば 思い出してくれれば・・・ しばらくの間、二人のおじいさんと一人のおばあさんをかこみながら、子どもたちみんなはソウルイヤホーンを使って、いままで話さなかった──話せなかった近くの子とおしゃべりを楽しみました。初めて会ったまったく知らないことばを話す子とでも、具体的なくわしい話しができたので、子どもたちはみんな夢中になって話していました。 子どもたちの会話が盛りあがってきて、ワイワイにぎやかな感じになってきた頃、大柄のおじいさんの近くにいた男の子が立ち上がりました。さっき、やせ形のおじいさんに質問した女の子と男の子よりも、からだが大きく、学年≠熄繧フような感じの子でした。 「あの〜、おじいさん──。ぼくは今日、おじいさん、おばあさんに会えるのをすごく楽しみに来ました。なぜかというと、学校の先生やぼくのおかあさんから、おじいさんおばあさんの『ほんとうに大切なもの』のお話のことを少し聞いたからです──。それ以来、ぼくは、ずっと気になっていました──。もう、みんなソウルイヤホーンも付けてるので、おじいさん──おばあさん、『ほんとうに大切なもの』って何なのか、ぜひ聞かせてください。おねがいします──。」 少しお兄さん≠フ男の子は、少し照れながらいいました。 男の子の顔をジッと見つめながら話を聞いていた大柄のおじいさんは、おばあさんと目を合わせ、おたがいかるくうなずいたあと、こういいました。 「わかりました──。そんなに楽しみにしていてくれて、おじいさんたち、おばあさんもとてもうれしいです──。けれど、ちょっとその前に──みんなで、これから花の種を植えましょう──。みんなのまわりにたくさんのいろいろな種類の花が咲いているけれど、これからおばあさんにお話を聞きながら、みんなで種を植えてみましょう──。」 大柄のおじいさんは話し終えると、子どもたちのほうに寄っていっしょに座りました。 逆におばあさんが、十一段目の花だんの上の丘のところ──子どもたちみんなの真ん中まで歩いてきました。そして、おばあさんが立ったその両わきには、アシスタントの人たちによってズラーッと・・・だいたい、三○個ぐらいの植木ばちが横に並べられました。 すべての植木ばちは白というか、薄いうすいピンク色で、──そのすべての植木ばちに、それぞれ種類のちがう花が咲いていました。一つひとつの植木ばちの手前には、小さなサラダボールのような木製のうつわが置いてありました。 おばあさんは、子どもたちを見わたすと、ゆっくりと話しはじめました。 「──わたしは、お花がとっても好きで、毎日、見ているだけで、気分がよくなってきます。見ているだけで元気が湧いてきます。自分がまいた種が芽をだし、少しずつ育ってゆくのを見ていると、とてもしあわせな気もちになってきます──。この丘に咲いているたくさんの花、一本一本から、空気≠ェ伝わってくるような感じがするんです。花の空気≠ンたいなものが・・・。みんなは感じませんか?みんなには見えますか──?」 お花のことを話しているときのおばあさんの顔は、ほんとうにしあわせそうでした。 続けて、おばあさんはいいました。 「みんなにもお花を通して、何か──≠感じてもらいたいので、──これから、みんなでお花の種を植えましょう──。わたしの両わきに、いろいろなお花の植木ばちが並んでいますが、はちの前にあるこのまるい木の入れ物には、それぞれのお花の種とか、球根が入っています。」 おばあさんは、自分の右どなりにあったコスモスの花の種の入った入れ物を手にとり、左手でその中に入っていた種をつまみ、手を上げてゆっくりと子どもたちに見せるように左右に動かしました。 「これから、みんなにそれぞれ、──自分は、このお花がとっても好きだなあ〜とか、わたしは、このお花の種をまいてみたい!と思うものをえらんでもらいます──。ここにいるみんなが、いっぺんに植木ばちの近くにくると、お花をよく見れない人もでてくるので、前の人から順番にお花を見ていってもらって、自分が気に入ったお花の種をもっていってください。とても小さい種は、ひとり三コから五コぐらいずつ取ってください。大きい種とか球根は、ひとつずつにしてね──。それぞれのお花の種のまき方は、わたしも教えますが、おじいさんたちや、うしろにいるこのアシスタントのお兄さんやお姉さんたちも、よく知っているので聞いてくださいね──。」 子どもたちが、ザワザワしはじめました。 「ぼく、どれにしようかなあ〜。」 「わたしは、・・・おばあさんの右から三番目のあの黄色いお花にしようかなあ〜。」 「どれにするか、まよっちゃうなあ〜。」 「とおくて、よく見えないよ──。」 子どもたちは、座ってお話を聞いていましたが、みんな背筋をのばして、首をまえにだして、少しでも植木ばちのお花をよく見ようとしながら、こんなようなことばをいっていました。 丘の頂に近い子どもたちから順に立ち上がり、植木ばちのお花の種をえらびはじめました。 「おばあさん!このお花は、なんていうの?」 「これは、シクラメンっていうのよ──。」 「ふう〜ん。シクラメン──。きれいだね。」 「ねェねェ、おにいさん!このヒラヒラした花びらのお花は・・・?」 「これはカトレアだけど、『ラ・ン』っていう植物のお花で、育て方がちょっとむずかしくて、大事にだいじに育ててあげないと、お花が咲かないんだよ──。」 「へェ──そうなんだあ〜。う〜ん、あっちのお花もいいし、どうしようかなあ〜。」 子どもたちはきれいな花、ユニークなかたちをした花などに目移りしながら、夢中になって、自分がとっても好きなお花≠えらんでいました。 おばあさんは、子どもたちみんなが自分で、気に入った種や球根を決めたのを見て、ふたたび話しはじめました。 「みんな、──自分がまく種は、決めましたか?足元に落とさないように、大事にもっててくださいね。ひとつのこんな小さな種から、こんなにきれいなお花が咲くのよ。すごいと思わない──?」 “お花のおばあさん”は、大きい瞳をさらに大きくしながらいいました。 続けて── 「いま、みんながいる丘の上のほうの花だんは見てのとおり、たくさんのいろいろな種類のお花でいっぱいになっているので、今日は下から四段目の花だん、──あの辺り、あのむらさき色のラベンダーのお花のすぐ下に、みんなの種をまきましょう──。」 おばあさんは、五段目の花だん一面におおわれた深いむらさき色のラベンダーを指さしながら、説明しました。 |
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