第4章 ひとつの星が変わるとき

             


 この数日間、世界各地で起こる大きな災害や事故の原因としてオーロラばかりがとりあげられていましたが、ちょうどおなじ頃から、竜巻きのようなかたちをした雲もいたるところで見られました。また、まるいはずの月や太陽が、縦長や横長のだ円形に輝いて見えることもありました。一面の空の上と下が、くっきりと二色の層に分かれているときもありました。

 数々の異常気象も、人びとの不安をつのらせていきました。

 大都会の空でもオーロラが見られるようになってから八日目の早朝──その頃、ひとつの心の声≠ェいた場所でちょうど三時半頃、急に夜空が明るく輝きはじめました。


 ひとつの心の声≠ヘ、気候の変化で日の出が、とても早くなったのかと一瞬思いましたが、太陽が昇るはずの東の空を見ると、その東の方角だけが、暗くひっそりとしていました。

 この様子に気づいた人たちは、新聞配達をしている人や二四時間営業しているレストランやコンビニエンスストアの店員、運送をしているトラックの運転手など夜はたらいている人たちや、逆に、夜ふかしや夜あそびをしている人たちなど、ごく一部の人たちだけでした。

 この日の朝は、いつもより早くから小鳥やカラスたちが、明るい空とまだ暗い空をあわただしく飛びまわっていました。

 そして、ひとつの心の声≠ェいた場所で、目ざまし時計のはりが四時四九分を指したとき、──時計は、その時間を指したまま止まりました。というよりも、壊れてなくなってしまいました。それは、時計だけではありませんでした・・・。



 とつぜん、そう、ほんとうにとつぜん、──まだ、多くの人たちが眠っていた四時四九分に、とつぜん巨大な地震が発生しました。

 それは、想像を絶する大きさでした。

 地面は揺れている≠フではなく、まるで生きている≠謔、でした。

 国じゅうのありとあらゆる建物は、荒れた海の波の上に浮かぶダンボール箱のようでした。

 地球の表面は、大陸プレートと海洋プレートといういくつかの広くて大きなまとまりのある岩ばんでおおわれていました。このプレートは、たがいに押し合ったりゆずり合ったりしながら移動し、調整していました。けれども、そのゆがみに耐えられなくなると、破壊されて地震が起こります。地震とは、自然がひき起こす岩石の破壊でした。

 何人の人が、この地震を予想していたでしょうか?

 誰が、これほど巨大な地震を予想していたでしょうか?

 民家は、ドミノ倒しのように重なりあいながら、一瞬のうちにつぶれてゆきました。

 人びとに逃げ出す@]裕はありませんでした。泣いている℃條ヤもありませんでした。助けて〜!助けてくれ──!!という叫び声と、苦しそうなうめき声だけが、あちこちから聞こえてきました。

 さらに、プロパンガスなどが爆発して火災が起こり、街は一瞬のうちに火の海となってしまいました。それでも地面は、波のように揺れていました。

 都市のビルも、あっというまに倒れてゆきました。ハイテクによって耐震対策万全の高層ビルも、数秒とかからず崩れてゆきました。

 この頃、世界のほとんどの大都市では、ヒートアイランド現象というものが起こっていて、都市はそのすぐ周辺の街よりも、気温が一○度前後、高くなっているところも多くありました。そのため、大都市も巨大な火の海となるのには、それほど時間がかかりませんでした。

 アスファルトの道路は、まるで、ヘビが躍っているようでした。人びとは、そのアスファルトやコンクリートのかたまりに、しがみついているのがやっとでした。

 鉄橋やつり橋からは、車や電車がオモチャのように降ってきました。

「あなた──!わたしの手につかまって!!」

 バシャバシャ、バシャバシャバシャアアアア──!!!(水の音)

「お、おかあさん!しずんじゃうよ〜!」

「た、たすけて──!グフッ、ゴホッ──ゴボゴボッ・・・。」

 家族をもつ人びとは、自分の子どもや自分の親を心配し助けようと、つよくつよく、つよく思うのですが、多くの人びとが自分の身すら、どうすることもできませんでした。

 一部のプレートの想像を絶する移動は、他のプレートにも大きな圧力を与え続け、弱い活断層はどんどん破壊されてゆき、地球全体の地かくが変動してゆきました。

 それは、まさに地球というひとつの星が変わるときでした・・・。

 北極や南極の氷がとけたり移動したりして、世界の国ぐにで大洪水が起こりました。

 高さ一○○○メートルくらいの津波が何度も発生し、一瞬のうちに消えてしまった島国もありました。

 沈んでいく大陸、もり上がる海底──地球の表情≠ヘどんどん変わってゆきました。 大地震やたくさんの巨大火災によってさらに気象が異常になり、マイクロバーストやダウンバーストといった強力な乱気流も数多く発生しました。これは、あたためられて上昇した空気が大きな積乱雲やかみなり雲の中で冷やされて重くなり、その空気が時速一○○キロで地上に落下し、住宅や救助のヘリコプターや飛行機をも破壊していきました。

 さむい地方の国ぐにでは、火災よりも白い悪魔≠ニ呼ばれている雪崩によって、街がつぎつぎと崩壊してゆきました。雪崩は津波とおなじように、一瞬のうちに人びとのすべてをのみこみました。人びとのすべてを奪ってゆきました。



 地球の海は、急激な温暖化と巨大地震によって海水が上昇し、海底の天然ガスもボコボコ、ボコボコッ──と世界のいたるところで大量に噴出してしまいました。その泡のガスによっても、人間がつくった最新のコンピューターをつんだ船や飛行機は、なすすべなく航路などを狂わされ、ふかい海の底に沈んでゆきました。そして、ひろい海までもが、ほんとうに火の海≠ニ化してしまいました。

 さらに大陸には、数キロから数百キロにおよぶ地割れができました。小さな国ならそっくりそのまま入ってしまうくらい大きな地割れもありました。そこにたくさんの海水が流れこみ、二つに分かれてしまった国ぐにもありました。民家やビルや工場も、バイクや自動車や戦車も、──そしてそれらをつくった人間たちも、あっというまに地中にひきずりこまれてゆきました。まるで、アリ地獄につかまって沈んでいくアリのように、無力な人間のすがたがありました。

 地球の大陸や海底の奥ふかくに眠っていたマグマも目を覚まし、世界の山々で火山爆発が起こりました。地上には、大量の溶岩がドロドロと流れだしました。壊れずに残っていた数台の消防車や消火用ヘリコプターでは、その流れを止めることはできませんでした。一○○○℃前後にもなる真っ赤な溶岩は、家の二階や車の中に逃げだした人びとも、山の木々といっしょにそのままのみこんでゆきました。


 ひとつの心の声≠ヘ、そのときに亡くなった人びとの変わり果てたすがたが、頭に焼きついてはなれませんでした。

 逃げまどう人びと、助けを呼ぼうと叫ぶ人びと、熱さにもがき苦しむ人びと、──いまにも動きだしそうなそのかたちのまま、人びとは黒コゲになって死んでいました。それは、まるで地獄≠表現したブロンズ像のようでした。

「・・・・・・・・・・・・。」

 その光景を見たひとつの心の声≠ヘあまりのショックに、口をポッカリと開けたままかたまってしまいました。

 しばらくの間、声も涙もでませんでした・・・。



 地球は、ますます灰色の煙をあげる大きな炎につつまれてゆきました。

 世界中の人びとは、助かるために、──生きるために必死になっていました。

 この星の巨大な地かく変動がはじまって、どのくらいの時間が過ぎたときだったでしょうか──?二○分・・・?いや、三○分ぐらいたったときでしょうか──?

 ひとつの大陸から、とても大きくて白くまぶしい光が放たれました──

 ちょうどそのとき、──その大陸に生き残っていた人びとや動物たちは、一瞬、そのつよい光のほうを見て動きが止まったように見えました。

 というよりも、ひとつの心の声≠ノは、その大陸に存在する生物、大地、空気・・・すべてのものが一瞬のうちに凍りつき、まるで時間≠ェ止まってしまったかのように感じました。



 軍事用施設の秘密倉庫に、自分たちの国を守り、発展させるために、最新の技術と設備で、げんじゅうに保管されていたはずの核兵器≠ェ、この超巨大な地かく変動によって、爆発してしまったのでした・・・。

 一般の人びとが、じっさいには誰も見たことのなかった巨大な白い光でした。

 空全体が白くピカ──ッ!!と光ってから二、三秒後に、表現できないほど大きくてつよい爆風と、人間もビルも車も飛行機も一瞬にして溶かしてしまうほどの高熱が、そのひとつの大陸をおそいました。


 それは、地震いじょうの悪夢≠セったのかもしれません──。

 それは、洪水いじょうの悲劇≠セったのかもしれません──。

 なぜなら、自然のちからではなく、人間自身が創りだしたものによって、自分たちを破滅へとみちびいてしまったからでした・・・。

 ゴォオオオオ───!!といういままで聞いたことのないような低音が、地中と空中の両方から人びとにせまり、一瞬のうちにすべてのものを灰にして吹き飛ばしました。

 民家もビルも車も、山の木々も、燃えた紙クズのように、──それでいて弾丸のような速さで、四方八方に飛んでゆきました。

 人間や動物たちも、その原形すら、とどめていませんでした。

 巨大な白い光は、たくさんの生物たちを死がいや遺体にするだけでなく、焼けこげて黒ずんだ無数の小さな木片のようなすがたに変えてしまいました。

 地中にすんでいる小さな昆虫や陸上にすむゾウやキリンのように大きな動物も、川や湖や海で生きているさまざまな魚たちも、──        そして七十歳、八十歳になっても元気に仕事をしているおじいさんおばあさんや、泥だらけになって笑顔であそびまわっている子どもたちや、この世に誕生したばかりのあかちゃんも、みんなみんなあの大きな白い光によって、生命≠、いのち≠、一瞬のうちに止められてしまいました。

 それは、地震いじょうの悪夢≠セったのかもしれません──。

 それは、雪崩いじょうの地獄≠セったのかもしれません──。

 なぜなら、自然のちからではなく、人間自身が創りだしたものによって、かんけいのない生物や人間たちまでも、死へとみちびいてしまったからでした・・・。



 それでもなお、地球の大きな大きな地かく変動は続きました。

 巨大な竜巻き、大火災、大洪水、そして大地震、──地球は炎につつまれながら、島や大陸の一部が沈んでいったり、もり上がったり移動したりしながら、そのすがたを大きく変えてゆきました。

 けれども、変わっていったのは、目に見えるすがただけではありませんでした。

 核兵器が爆発しなかったところでも、核や原子力をつくり出す装置から大量の放射能が漏れてしまいました。

 また日光を浴びるとき、人間や動物たちを有害な紫外線から守っているオゾン層も、急激に破壊されてゆきました。

 地球は、人間の目に見えないところでも、そのすがたを大きく変えてゆきました──。



 数千年、──あるいは数万年に一度起こるようなこの巨大な天災地変は、およそ一時間ほどで、ようやくしずまってゆきました。

 地球というひとつの星は、たった一時間ほどで変わり果てたすがたになってしまいました。



 世界中で起こった地かく変動は、しだいにおさまってゆきましたが、その後も数ヶ月にわたって、地球全体が大きな赤い炎と黒い煙におおわれていました。


 どの陸地がどの国なのか、もはやわからない状況になっていました。

 大きな赤い炎につつまれた大陸には、国境≠ヘありませんでした。

 大きな黒い煙におおわれた大陸にも、国境≠ヘありませんでした。



 ひとつの心の声≠ェいた場所の東の空から、朝日が昇りはじめていました。

 地球の無残な表情≠ニは対照的に、この日もいつもとおなじように、神々しく太陽が光り輝いていました。

 燃え続けている街、燃え続けている山や海をさらに明るく照らしていました。



 太陽はいつもとおなじように、地球というひとつの星を照らしていました・・・。

 太陽はいつもとおなじように、地球というひとつの星に光を与えていました・・・。



       

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