第5章 新しい地球のはじまり 想像を絶した巨大地震もしずまり、人命救助の動きもやっと世界のいたるところで本格化してきました。 けれども、まだあちこちで火災の大きな炎が出ている中で、一般の人びとは誰もが自分たちの目をうたがいました。アジアの人たちもアメリカの人たちも、アフリカの人たちも、・・・自分たちの目の前の光景を、しばらくの間、現実の世界として受け入れることができませんでした。 地球上の誰もが、この目の前の光景を夢であってほしいと思いました。 地球上の誰もが、この目の前の世界を夢であってほしいと願いました。 大陸には、人びとの家やビルや木々は一つもなく、えんえんと焼け野原か続いていました。三六○度見わたすかぎり、焼けたがれきの低い山々が、地平線の方までありました。 洪水や雪崩によって街や国そのものがなくなり、わずかな湿った土地や大きな雪山だけが残ったところもありました。 そんな中で、世界中の救助隊の人たちは、一人でも多くの人を助けようと、──一人でも多くの人のいのちを救おうと、けんめいに活動していました。 「お〜い!こっちへ来てくれ──!この中に子どもがいるんだ──!」 イランの救助隊の男の人が、サウジアラビアの救急救命員とバーレーンの看護婦さんを、はげしく手を振りながら大声で呼びました。 そのあとすぐにイランの救助隊の人は、 「だいじょうぶ!?だいじょうぶか──!?」 とコンクリートのがれきの奥のほうに埋まっている女の子に、顔を近づけて声をかけました。 「んっ・・・・・・・・。」 女の子は返事をしませんでしたが、うつむいて目をとじていた顔を少し上げ、そしてゆっくりとまぶたを上げ、救助隊の人の顔を見ました。 ちょうど十歳ぐらいの──髪がショートカットの女の子でした。 どうやらこの陸地、この場所にはイラクの学校が建っていたようでした。 埋もれていた女の子は、そこに通っていた生徒でした。 イランの救助隊の人は女の子の目を見て、まだそれほど衰弱していなかったのを感じて、ほんのほんの少しだけ安心しました。 「きみは、この鉄パイプで、──この大きなコンクリートが落ちないように支えててくれないか?」 とすぐに救助隊の人は、かけつけてきたサウジアラビアの救急救命員に、女の子を助けるために自分のサポートをしてくれるように指示しました。 「わかった──。下にもぐるとき、あそこのがれきも気をつけたほうがいいぞ──。」 こんどは救急救命員の人がイランの救助隊にアドバイスをしてあげました。 二人は、この場で初めて会って、初めて話しをしたばかりの仲でしたが、おたがい信頼しあいながら、いつ崩れてくるかもわからないがれきの下にもぐって、イラクの学校に通っていた女の子を必死に助けだそうとしました。 「あともう少しで自由になれるから──もうちょっと、がまんしててね!」 バーレーンの看護婦さんは、女の子が気もちで負けないように、元気な声で励ましました。 「そうそう──!よ〜し、よ〜し!」 「そう──!つよい子だ。がんばれ──っ!!」 看護婦さんは、女の子の目を見ながら声をかけ続けました。 救助員の人も救急救命員の人も看護婦さんも、おたがいの名前すら知りませんでしたが、三人は協力しあいながら、女の子を助けることに集中していました。 ほんの数分まえに会ったばかりの三人は、この女の子のいのちを救おうという目的でひとつになっていました。 そこでは、生まれ育った国のちがいは、かんけいありませんでした。 そこでは、政治や思想のちがいも、障害ではありませんでした。 そこでは、信仰のちがいも、問題ではありませんでした。 おたがいの名前も知らない三人は、子どもを助けたい──というおなじ気もちでつながっていました。 三人のこの気もちはとてもつよく、──そして、こころの奥ふかくから湧きでているほんとうの気もちでした。 三人は、それぞれの任務や仕事のために動いているわけではありませんでした。 それぞれの祖国のために女の子を助けようとしているわけでもありませんでした。 そして、彼女のために──と思って救出しようとしているわけでもありませんでした。 見わたすかぎり焼け野原の中で三人は、人間として、人のいのちを救いたいという、ただ自分自身のこころ≠フために動いていました。 三人は、それぞれの胸の奥にあるほんとうの気もち≠ノ素直にしたがって、行動していました。 ひとつの心の声≠ヘ、自分の中で妙に納得してしまいました。 出逢ったばかりの国も政治も思想もちがう人間どうしが、こんなにも短い時間で──こんなにもおたがいを信頼しあえたのは、──そうか、・・・この気もちでつながっていたからなんだ。このほんとうの気もち≠ナひとつになっていたからなんだ──。 ひとつの心の声≠ヘ、三人のこの行動を通して、自分自身の気もちも見つめ直していました。 ボロボロボロッ──とコンクリートの破片が崩れる音が、三人の気もちを緊張させました。また、人命救助というものは時間とのたたかいでもあったので、三人は全身全霊でこの小さないのちを救うことに努めました。 それから一五分ぐらい過ぎたころ・・・ 「よ──し!足首に引っかかっていた石もとれた──。もうだいじょうぶだぞ!」 とイランの救助員の人が、うれしそうな声でいいました。 とそのすぐあとに、 「骨折しているかもしれないから、もち上げるときには慎重に──。」 とサウジアラビアの救急救命員が、かけつけてきたときよりも少しおだやかな表情でいいました。 「さあ!彼女をわたしにあずけて──。」 バーレーンの看護婦さんも、かけつけてきたときよりもやさしい表情でいいました。 看護婦さんは、彼女を抱きかかえるとすぐに手当てをはじめました。 「いたい──?」 コンクリートにはさんでいた女の子の足首に、かるく触れながら聞きました。 「んっ──うん・・・。」 あおむけに寝かされた女の子は、足元にいる看護婦さんの背中を見つめながら、小さな声でいいました。 「う〜ん。骨折はしてないようだけど、ひびが入っているかもしれないな──。」 看護婦さんは、女の子の両足のいろいろなところをさすりながら、ひとりごとのようにいいました。 ちょうどそのころ、女の子を助けるために、コンクリートのがれきの下にもぐっていたイランの救助隊の人が、他にも埋もれてしまっている人がいないかどうか捜したあと、地上に出てきました。 そのあとすぐに、コンクリートのがれきが落ちないように、鉄パイプで必死に支えていたサウジアラビアの救急救命員も、ちからを入れていたその両手を離しました。 救助隊と救急救命員の二人は、一瞬、見つめあい、そして右手でかるく握手を交わしました。そして、三メートルほど先にいる女の子のところにかけより、心配そうにのぞきこみました。 「どう?」 救助隊の男の人は、彼女を手当てしている看護婦さんに聞きました。 「うん、だいじょうぶだと思うわ。でも彼女、──足だけでなく、肩のあたりからも出血してて・・・。ここには、くすりもないから、人を呼んできてくれない?担架もあれば、ベストなんだけど──。」 看護婦さんは、女の子の手をにぎりながらいいました。 「わかった──。」 救助隊の人は、うなずきながら、ことばをかみしめるようにいいました。 「じゃあ、ここは二人にまかせて、ぼくは他の救助に向かうよ──。」 サウジアラビアの救急救命員の人は、看護婦さんと救助隊の人の顔を交互に見ながらいいました。 「そう──。ありがとう・・・。」 バーレーンの看護婦さんは、ゆっくりとした声でいいました。 とそのすぐあと、イランの救助隊の人も、 「ありがとう・・・。」 と救急救命員の人にいいました。 そのとき、おたがいの名前も知らない三人は、一瞬、見つめあいました。 この一瞬≠ニいう時間のあいだに、三人は、何かを語りあっているようにも見えました。 三人の瞳の奥が、一瞬、微笑んだようにも見えました。 ひとつの心の声≠ヘ感じました。 あの三人が見つめあった一瞬のあいだに何か≠語りあっていたように、わたしにも見えました。わたしも感じました──。 ただ、何を語りあっていたのかは、うまくことばでは表せません。 ことばでいい表せるようなことは、何も語りあっていなかったのかもしれません。 ただ・・・あのときの一瞬≠ニいう時間は、なぜかとてもゆっくりと流れていて、そして、なによりもあったかく感じました・・・。 ひとつの心の声≠ヘ、さらに思いました。 核兵器が爆発して大きな白い光を見たときも、一瞬がとても長くスローモーションのように感じたけど、あのときの一瞬≠ニは、まるでちがう・・・。 何が、どうちがうんだろう──? ひとつの心の声≠ヘかんがえこみましたが、その答えはでませんでした。 ただ、ひとつの心の声≠ヘ、──もしかしたら、人間は自分の感じかたしだいで、時間を長くも短くもできるのでは・・・とそんな気がしていました。 そして、この一瞬≠ニいう時間の中には、ことばではいい表せないようなたくさんの気もちをこめられ、伝えられるのだと思いました。 そのとき、── その瞬間、ひとつの心の声℃ゥ身、ことばでいい表せないような何か≠感じていました・・・。 ひろくて大きく、膨脹し続ける宇宙の中の、かぞえきれないほどたくさんの星の中の、地球というたったひとつの惑星の中の、一部の大陸の一部の土地の一部のがれきの山の中で、ある一人のイランの男性とある一人のサウジアラビアの男性と、ある一人のバーレーンの女性が、ある一人のイラクの女の子を助けました──。 そこには、ひとつの気もちという空気がありました。 そこは、ひとつの思いという空気につつまれていました。 そこは、ひとつのこころという空気でつながっていました。 でも、このような光景は、地球というたったひとつの星の、一部の大陸の一部の土地の一部の場所だけに見られたわけではありませんでした。 あたり一面焼け野原の中でも、あたり一面雪山の中でも、──食べるものがじゅうぶんにない中でも、人びとが助けあうすがたは、地球の大陸のいたるところで見られました。 ある人は、空腹であるにもかかわらず、自分のもっていたわずかな食料を、近くで飢えに苦しんでいた人に分けてあげていました。 ある人は、寒さに凍えている見知らぬ人に、毛布を貸してあげていました。 ある人は、足にけがをしてしゃがみこんでいた異国の人を手当てしてあげていました。 救助隊や救急救命員だけが、人を助けているわけではありませんでした。 医師や看護婦だけが、人を手当てしているわけでもありませんでした。 助けあうことに、生まれ育った国のちがいは、かんけいありませんでした。 助けあうことに、政治や思想のちがいも、障害ではありませんでした。 助けあうことに、信仰のちがいも、問題ではありませんでした。 でも、・・・この巨大地震が起こるまえに、地球には争ったり、戦争をしていた国がたくさんあったし、・・・そういう国に住んでいた人たちは、いま、どうしているんだろう? ──とひとつの心の声≠ヘ、少し疑問に思いました。 人間どうしの争いによる戦火と、巨大な自然災害によって赤い炎につつまれた地球の大陸の一部では、こんな光景も見られました──。 あるひとつの国の生き残った人種の人たち九人が、大きながれきを積み上げて、灰や雨などをしのげるようにつくった家≠ナ、まとまって共同生活をはじめていました。 九人のうち、大人が六人、子どもが三人いました。その中には、夫婦で生き残った人もいれば、母親と子どもの二人だけが生き残った人もいました。また、自分のまわりの家族はみんな地震に奪われてしまい、おじさんやおばあさん一人だけが生き残ったという人もいました。ひとりぼっちになってしまった子どもも、男の子と女の子の二人いました。 九人の人たち、──というよりも六人の大人たちは、おなじ国に住んでいた人種どうしということで、しだいに仲よくなり、生きるためにおたがい協力しあっているうちに、いっしょに生活するようになりました。 三人の子どもたちは、おなじ国とか人種とか──そんなことはまるで気にせずに、すぐに仲よくなって、いっしょにあそんでいました。 九人の共同生活も少しずつ慣れてきた、ある小雨の降る夕方、数人の人たちが家≠フほうに近づいてきました。ひとりぼっちで生き残った男の子と女の子がそれに気づき、自分たちのほうへ歩いてくるのを見つめていました。 四人の男の人と、その中の一人が女の子を抱きかかえていました。かかえられた女の子の額からは、少し血が流れていました。 近づいてきた男の人たちは、目をほそめながら二人の子どもたちの顔を見たあと、とつぜん銃を突きつけてきました。 男の子と女の子は、震えた両手をにぎり合いながら、銃を突きつける男の顔とその銃口を見ていました。 そして、別の男も銃をかまえ、家≠フほうに近づいていきました。 この状況にやっと気づいた共同生活をしている大人たちは、なんの抵抗もすることができず、両手を頭の上に上げさせられました。 この四人の男たちは、巨大地震が起こる直前まで戦争をしていた敵国の人間でした。 両手を上げさせられた大人たちは、そのまま武器などを持っていないかどうか調べられました。そして、おなじように銃をつきつけられ、おびえている二人の子どもたちのところへ連れていかれ、一列に並べさせられました。 共同生活をしていたみんなは、そのままかたい石やがれきのある地面の上に座らされました。ただ母親と、親子で生き残った子は、まだ三、四歳と小さかったので、そのままおかあさんの横に立っていました。 「食料は、どこにある!?」 と銃を突きつけている一人の男が、つよい口調でいいました。 そのあと、額から血を流している女の子を抱いていた男が、その子をゆっくりと地面に立たせ、右手で彼女の肩を抱き支えました。そして、さっきの男とは対照的に、しずかな口調で話しだしました。 「これから、水や食料や、衣類や医療品・・・すべて、ここに集めろ──。変な気はおこすなよ・・・・・・・」 とそんな脅しのことばを、手を上げ地面に座らされながら、聞いていたときのことでした・・・。 あの小さくて座らされずにいた三、四歳の子が、とつぜん敵国の男たちに向かって走っていきました。 「ファッ!・・・・・。」 小さな子の母親は、大きく息を吸ったまま震えてしまいました。 銃をもった一人の男は、一瞬、その子どものほうに銃口を向けましたが、動いたのが小さな子どもだけだったので、すぐに大人たちのほうに戻しました。 三、四歳の小さな子は、敵国の頭にけがをしている女の子のところにいきました。 そして女の子の目のまえに立った小さな子は、こんどは自分の親のほうに振りかえり、「おかあさん!この子、ちぃ──だしてる!・・・いたそうだよ!」 と大声でいいました。 「・・・・・・・・・・。」 小さな子のおかあさんは、声が出ませんでした。 そんな極限に達した母親の心配な気もちも知らず、子どもは続けて、 「おかあさ──ん!かわいそうだよ・・・。たすけてあげようよ、おかあさん!!」 とさらに大きな声で呼びかけるようにいいました。 小さな子は、自分たちのほうが助けが必要な状況だとは思っていませんでした。 いや、──たぶん、そんなことは、かんがえていなかったのでしょう──。 小さな子に見えた、このいま≠フ現実は、血を流している目のまえの女の子がかわいそうに思い、助けたいと思った──それが、すべての世界だったのかもしれません。 一瞬、時間が止まったように感じました。 一瞬、とてもしずかな空気が流れました。 座らされている大人たちも、銃をかまえている敵国の大人たちも、一瞬、からだがかたまってしまったようでした。 けがをしている女の子の肩を抱いていた男は、自分の足元にいる小さな子の顔を見たあと、まぶたをつよく閉じました。 二、三秒という時間が、とてもゆっくりと流れました。 男は目を閉じたまま顔を上げ、そしてゆっくりとまぶたを開きながら、一瞬、チラッと自分の真上にある空を見上げました。そのあと、男は座らせている大人たちと二人の子どもたちに目をやり、ふたたび自分の足元にいる小さな子を見つめました。 そのとき、男と小さな子の目が合いました。 小さな子のすき通った大きな瞳に、男自身の顔が映っていました。 男はくちびるをかみしめ、なにか決心するような表情をし、そして自分の手で銃をかまえている男たちの腕をおろし、その銃口を足元に向けさせました・・・。 信じられない──と思うあなた≠ェいるかもしれません。 そんなこと、起こるわけがない──という気もちのあなた≠ェいるかもしれません。 けれども、これは現実の出来事でした──。 現実の中に見えた夢だったのかもしれません。 夢の中に見えた現実だったのかもしれません。 しかし、ひとつの心の声≠フ目に映ったこの光景は、まぎれもなく現実の世界でした。 ひとつの心の声≠ヘ、胸があつくなりました。 小さな子の素直な気もちと行動もそうですが、過酷な環境の、──あの状況の中で、こころを改めた一人の男のすがたにあつくなりました・・・。 信じられない──と思うあなた≠ェいるかもしれません。 そんなこと、起こるわけがない──という気もちのあなた≠ェいるかもしれません。 でも、・・・・・・ むかし、──『アンネ』という一人の女の子がいました。 女の子は、自分の内なる気もち、──ほんとうの気もちを日記につづりました。 そして、たったひとりの女の子が書いたその日記は、世界中の人びとのこころに愛≠ニいうものを伝えてくれました── 。 女の子の愛≠ヘ、いま現在もこの地球に生き続け、ひろまり続けていました・・・。 むかし、──『テレサ』という一人の女性がいました。 彼女は、自分のほんとうの気もちにしたがって、目のまえの貧しい人たちの世話をすることを続けました。 そして、たったひとりではじめた彼女の行動は、世界中の人びとのこころに愛≠ニいうものを残してくれました──。 彼女の愛≠ヘ、いま現在もこの地球に生き続け、ひろまり続けていました・・・。 信じられないというあなた≠フ気もちが、そのあなた≠フ現実を創ります。 起こるわけがないと思うあなた≠フこころが、そのあなた≠フ現実を創ります。 地球の一部の大陸の一部の場所で、たったひとりの三、四歳の小さな子が、いっしょに共同生活をしていた六人の大人と二人の子どものいのち≠救い、敵国の大人たちのこころ≠救った──というひとつの現実の世界がありました。 これを、奇跡≠ニ呼ぶ人たちもいました。 でも、このような現実の世界は、一部の大陸の一部の場所だけに起こったことではありませんでした。 他の多くの地域でも、地かく変動のまえに争ったり、戦争をしていた人間どうしのこころを結びつけたのは、小さな子どもたちでした。 銃も持たない、腕力もない子どもたちが中心となって、いがみ合っていた大人たちの気もちを変えていきました。 といっても、小さな子どもたちが両方の大人たちを、いっしょうけんめい、仲直りするように説得していたわけではありませんでした。 大人たちが食料をさがしたり、いろいろ生きるために四苦八苦していたとき、子どもたちは子どもたちで、自然とコミュニケーションをとっていました。 子どもたちの小さな小さな社会の中では、どこの国のどこの人種──とかそういう、人の性格や気もち以外のことは、まるで気にしないでつき合っていました。 小さな子は、年上の人がめんどうを見てあげたり、おなかが痛いという子がいたら、みんなで心配したり、協力しあって食べものや毛布をさがしたり・・・といった感じに、子どもたちは自分たちのこころのままに、ふつうにコミュニケーションをとっていました。 子どもたちの小さな小さな社会は、五人、一○人、一五人、・・・と、どんどんと大きくなってゆきました。食料不足で、みんなとてもおなかをすかしていましたが、どの子も、大人たちのような──つらく苦しそうな、ちからのない輝きのない目には、ふしぎと誰もなっていませんでした。むしろ、子どもたちのほうが、この現実を素直に受け入れているような瞳をしていました。 そして、この子どもたちの親や、子どもたちとおなじ国や民族の大人たちは、仲よく協力しあっている子どもたちを通して、以前、争っていた大人たちとも、少しずつ、おたがいこころを開くようになってゆきました・・・。 これを、奇跡≠ニ呼ぶ人たちもいました。 でも、この奇跡は、世界のいたるところで起こりました。 奇跡は、世界中の人たちのすぐ近くにありました──。 赤い炎におおわれた地球は、そのすべてを奪われてしまったかのように見えていました。死者は、何十億人、・・・世界の人口も五分の一以下になったという、うわさもありました。何もない大地に、わずかな生物が生き残っているだけのようにも見えていました。 けれども、その何もない大地の上には、助けあう人間たちのすがたがありました。 何もない大地の上には、こころを通わせあう人間たちのすがたがありました。 それは、目に見えるあらゆるものが地球上にあふれていたときには、誰もが願いながらも、実現できなかった世界がそこにはありました。 新しい地球のはじまりは、そのすべてを奪われてしまったかのように見えましたが、目に見えない人びとのこころの中には、ことばでは、いい表せない何かが、生まれていました。 目に見えるすべてのものが奪われてはじめて、人間は、目に見えないこころの世界でつながろうとしていました──。 ひとつの心の声≠ェいた大陸の西の空に、陽が沈みかけていました。 その大きな太陽の右ななめ上に、白とオレンジ色に光る三つの小さな光を、子どもたちが見つけました。 「あれなんだ──!」 「あの光なんだ〜!なんだあ──!?」 と子どもたちは、少し大きな声で、少しつよい口調でいいました。 そして、その中の一人の男の子が、近くにいたおじさんに、 「おじさん!あの光は、な〜に?」 と聞きました。 「ん──っ・・・。」 といいながら、おじさんは子どもたちのほうに振りかえり、西の空を見ました。 「う〜ん?なに?・・・太陽のことか?」 とおじさんは、子どもたちに聞き返しました。 「ちがうよ──!そのもっと上のほう!右のほうにある、あの光だよ!」 とこんどは、五、六人の子どもたちが、声をそろえていいました。 そういわれたおじさんは、もう一度、沈みかけている太陽のほうを見ました。 けれどもおじさんは、 「おじさん、最近、目が悪くなったからなあ〜。太陽しか、見えないよ──。」 と子どもたちにいい、──そして、がれきの下に、何か生活用具や食べものがないか、探しはじめてしまいました。 子どもたちは、少し不満そうに、 「え〜っ!なんで、見えないの──!?」 といいながら、ふたたび太陽の右ななめ上を見ました。 子どもたちの瞳には、やはり白とオレンジ色の光が、三つ映っていました。 「あんなに輝いているのになあ・・・。」 といいながら、子どもたちはその光を見続けました。 おなじ場所に停止していた三つの光は、とつぜん、ものすごい速さで上下左右に動きだしたり、ジグザグに移動したりしだしました。 「お──っ!!」 「お〜〜!すごい!!」 と子どもたちは、みんな興奮して、歓声をあげました。 そして、興奮した子どもの一人が、またおじさんに向かって、 「ねえ、おじさん、おじさん!光が動いているよ!」 と右手を振りながら、呼びかけるようにいいました。 それを聞いたおじさんは、 「あ〜、それは飛行機だよ。」 とがれきの石をどけながらいいました。 「でも、上にあがったり、ななめに動いたりしているよ。」 と子どもは、おじさんの背中を見ながらいいました。 するとおじさんは、両手に大きな石を持ちながら振りかえり、 「じゃあ、救助用のヘリコプターかな。それに、最近の飛行機は、空中で停止することもできるんだよ・・・。みんなを助けるために地球の上を飛んでいるんだよ。」 とおじさんは、その子どもの目を見ながらいいました。 「じゃあ、なんでここには、下りてこないの?」 と横で二人の話を聞いていた別の子どもが、おじさんに聞きました。 「・・・・君たちは、まだ元気だろ──?もっと苦しんでいる人や、すぐに助けが必要なところへ先に飛んでいっているんだよ。」 とおじさんは、少しことばをかんがえてから、もう一人の子どもの顔を見ながらいいました。 「ふ〜ん・・・。」 といいながら、子どもたちはふたたび、光のほうを見上げました。 おじさんもまた、足元のがれきを見ながら、作業をはじめました。 白とオレンジ色の三つの光は、なおも太陽の上を自由に移動していました。 光は、点滅したり、とつぜん消えて別な場所にあらわれたり、一つの光が二つに分かれたりもしていました。 子どもたちは、ワクワクしながら、その光の動きを見つめていました。 白とオレンジ色の光のほうが、夜の遊園地の乗りものの光のように、子どもたちを楽しませているようにも見えました。 夕陽のまわりを自由に飛びまわり、六つに分かれた光は、すごい速さで空の一か所に移動し、こんどは少し大きなひとつの光に変わりました。 そのひとつの光は、空に停止しながら、赤や青や緑や、黄色や銀や金・・・さまざまな色に変化しました。 いままで見たこともないようなその美しさに、子どもたちは思わず、 「お──!」 と声をもらしました。 まるで、すごい花火を見たときに出るような感激の声でした。 虹色に光り輝くその光は、しばらくすると太陽の真上に上がってゆき、そしてとつぜんパッ──と消えてしまいました。 子どもたちは、しばらく黙ったまま、その空を見つめていました。 そして、大きな太陽も地平線に沈んでゆきました。 |
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